「人生100年」時代には、95歳まで生きた場合、夫婦で約2,000万円の金融資産を取り崩す必要がある──金融庁の金融審議会(市場ワーキング・グループ)の報告書「高齢社会における資産形成・管理」(2019年6月3日発表)で示された試算です。
政府はウソつき、カネのない人間は死ねというのか……多くの人が感情的に反応して炎上騒ぎになりました。
はたして、私たちにとってなにが重要でなにが雑音なのか──多くの非難は切り口が筋ちがい、でも報告書にもツッコミどころがある、こう考える林知之が、勝手にまとめてみました。
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老後2000万円まとめ 【第3編 あなたの選択肢は?】
1.投資セミナー参加者増加
一方で、投資セミナーの参加者が増加したというニュースがありました。金融機関でも、NISAやiDeCoの申込が急増したとか。
行動力のある人、そろそろやろうかと考えていた人が動くきっかけになったのは、まさに報告書を作成した委員たちの望みと一致しています。
思わぬ展開によって、ふだんなら注目されない文書がこれほどまでに話題となったのは驚きです。下品なもの言いですが、意図しない“炎上マーケティング”が成立したわけです。
2.「まずは行動」でいいのか
今回の議論は、「報告書の内容は適切なのか」という点に偏りがちですが、最も大切なのは「自分がどう考え、どう行動するか」です。
また、それを決めていくうえで観察するべきは、「なにが起きているか」「今後なにが起こるか」でしょう。
前項で触れたのは、報道をきっかけに「資産運用を勉強しよう」「はじめよう」と素早く動いた人たちの行動です。では、報告書そのものや政治家の発言の是非よりも、自らのための行動を優先した彼らは賢いのでしょうか?
一概に、そうとは言いきれません。
資産運用という個人的な活動は、とても自由です。無限の選択肢があります。また、長い期間にわたることなので、選択肢は「無限×無限」です。「まずは行動」という姿勢は好きですが、知識や熟考とのバランスが不可欠という点が重要です。
3.詐欺師もよだれを垂らしている
知識もなく、じっくりと考えた経験もない人が慌てて行動しようとすると、今回の件を大チャンスと位置づけている詐欺師たちのカモになりかねません。
カネ絡みの詐欺は、幼稚な手口のものが意外と多いのです。
その理由は・・・私たちが、一瞬でも慌てればカンタンに引っかかるからです。
詐欺でカモを“釣る”ための言葉は、例えば次のようなもの。
「元号が新しくなったから○○」
「新紙幣の発行が決まったから○○」
「消費税率が上がるから○○」
「~だから○○」って、ロジック皆無のトークに、年配者を中心に多くの人がだまされる現実があります。わるい連中は、すでにガンガンと行動しています。「豊かな老後のために」というキーワードだけで、おかしな勧誘に引っかからないよう気をつけましょう。
「資産運用」の第一義は、「目減りしないように守ること」です。
(この点についてのつづきは次項)
「キケンな投資でグイグイと資産を増やすこと」とイコールではありません!
大切なカネをだまし取られるなんて、ムダづかいにもならない、ゼッタイに避けたいミスです。
4.資産運用ってなに?
さて、報告書で提言されていることのひとつは、「資産運用を考えましょう」ということです。しかし、前項でも述べたように、「難しいことをして、資産を大きく膨らまそう」ということではありません。
私の本業は、相場のやり方を伝えること。
つまり、「株を売ったり買ったりして利益を上げる方法」です。
その私から、「これから資産運用を考えなくちゃ」と思っている人たちへのメッセージは、次の2つです。
「いわゆるリスクのあるものに、やたらと手を出すな」
「やるのなら勉強して!」
そもそも、基本的な認識がズレているケースが多いのです。
「資産運用なんてしません。銀行の普通口座に貯金しているだけです」って人がいるのですが、それ、資産運用をしていないのではなく、『資産運用の方法として、銀行の普通預金をメインにしている』ということですからね。
大切な資産が目減りしないようにするために、どうすればいいか──。
ひとつの分け方ですが、(1)金利で稼ぐ、(2)カネを別のものに替えておく、の2つが考えられます。
別のものに替えておく先としては、例えば株、投資信託などがありますが、不動産、金(きん)、外貨(例えば米ドル)など多くの選択肢があります。
今回の件で「自分には難しいなぁ」と感じる場合は、「資産運用とはなにか」を落ち着いて考えることがスタートです。自分の考えをまとめずに、いきなり金融機関に相談したりしないことですね。
5.金融知識をもつなんて難しい・・・
報告書の提言は、「金融知識をもって、自分の資産の問題を“自分ごと”として考えよう」ですが、「知識をもつなんてタイヘン」といった声も聞こえてきそうです。
【参考】(報告書より抜粋)
退職金の金額の大きさを踏まえると資産運用に回す金額は多額であると言えることから、こうした投資を行う際には、運用方針や資産運用にあたって必要な金融に関する知識を、事前にある程度は身につけてから臨むことが望ましいと言える。
でも、前項で挙げたような、誰にでも理解できる視点で、「カネとはなにか」を考えるのが第一で、次に「自分がどのようにしたいか」を決めることが軸です。自らの好みや、人生経験を活用すれば大部分が解決することだと私は考えます。
「金融リテラシー」なんて言葉があります。
「カネにまつわる知識や判断力」を指していて、専門家が便利に使うのですが、ほとんどの人にとって最も“入ってこない”表現ではないでしょうか。
金融リテラシーという言葉を、「自分のカネのことについて、自分がわかる範囲で判断するチカラ」と言い換えたらどうでしょうか。
実際、金融のプロでも、自分の分野しか知らないのが実情です。
6.節約が自分の首を絞める?
さて、報告書の是非はともかくとして、筋ちがいのツッコミを入れる野党はともかくとして、おかしな対応で火消しを図る与党はともかくとして・・・どうやら、「年金だけでは足りないかも」「貯蓄しておかなければ」というのが、私たちに突きつけられた課題です。
だから資産運用、ということですが、先ほども述べたように「守ること」が第一です。今楽しく使うことよりも、将来楽しく使うことを考えてムダな出費を抑えることです。
ただ、みんなが節約したら、全体のカネの動き(経済)がわるくなり、結果的には老後の赤字額が膨らむ……こんな懸念を示す専門家もいます。
だけど、そこは政府や行政がかじ取りする部分。
報告書にもあった「自分ごと」を考えればいいはずです。
7.陰謀説も噴出
そもそも、今回の件で老後の問題に目を向ける以前から、なんとなく夢をもてない、なんとなく将来に不安……こんな心理が日本中にまん延しているように感じます。
それが、晩婚化、少子化につながっている可能性もありそうです。
日本人の家計金融資産は約1,800兆円だそうです。
ピンとこない数字ですが、とにかく巨額です。しかも、かなりの割合が預貯金で、しかも高齢者が保有する率も極めて高いという構造です。
「貯蓄から投資へ」のスローガンが長年にわたって空振りしている結果で、「資産運用を考えよう」という報告書の提言にもつながっているわけですが、もう歯車を逆にするのはムリだから、もっと節約させて最後に相続税でいただこうというのが、お上の一部が考える陰謀との説まで出ています。
消費税率の引き上げですったもんだしていますが、相続税の強化はすんなり通りましたからね。
これも、個人レベルで議論するのではなく「ゴルゴ13のネタ」くらいに考えたほうがいいのか、そうでないのか──ちゃんと考えるべきことですし、前述した「金融リテラシー」の一部ですが、少なくとも、飲みながら話題にすることではなく、教科書通りに説明すれば「選挙を通じて意見を反映させるべきこと」でしょうか。
報告書をめぐって国会で繰り広げられている、出来のわるいコントも、何かの陰謀かもしれませんが、かなり難解なナゾでしょう。
◎まとめ(とりあえず終わり)
私は、今回の報告書の内容を高く評価します。
クッキリハッキリ、賛成派です。
「多様化」を前提に、「自分ごと」として考えようという、ありがたい提言と捉えているからです。専門家が、一般的な目線で語りかけようとしている部分も感じ取れます。
また、「カネの議論」がタブー視されてきた日本で、まっとうな議論が起こるかもしれないし、多くの人がより深く考えることで金融の健全な発展が期待できるし、許しがたい金融詐欺の減少も期待できるからです。
「資産運用」の第一義は、「目減りしないように守ること」と述べましたが、広い意味では、「貯金しない」「宵越しの銭はもたない」というのも、資産運用の選択肢のひとつかもしれません。まさに、多様化です。
ここまで極端に自由な発想をベースに、「自分はどうするか」を考えることが大切だと思うのです。義務感から「やらなくちゃ」ではなく、「こうしたい」と考えるのが健全だという論理です。
誰しも、知らないこと、誤解していることがたくさんあります。
金融の世界では、とくに多いのではないでしょうか。
例えば、広く一般の投資家から資金を集めて成り立つ上場企業に勤めていながらも、「株式投資なんて……」と否定的な意見しか言わない人がいます。上場企業に勤務しているのだから株式投資をやるべき、なんてムチャなことは言いませんが、株式市場の存在や株式投資そのものを否定するのはナンセンスです。
しかし、こういった意見も、多くの人が認めていたりします。
錯覚というか、ちょっとした勘違いが根強くあるように感じるのです。
まあ、多様化ですから、視点もさまざま、論点もさまざま、まずは思いつくままに意見交換したりすることでしょうか。それこそが、「金融リテラシー」の向上です。