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第2篇 報告書のあら探しをしてみよう

「人生100年」時代には、95歳まで生きた場合、夫婦で約2,000万円の金融資産を取り崩す必要がある──金融庁の金融審議会(市場ワーキング・グループ)の報告書「高齢社会における資産形成・管理」(2019年6月3日発表)で示された試算です。
 
政府はウソつき、カネのない人間は死ねというのか……多くの人が感情的に反応して炎上騒ぎになりました。
 
はたして、私たちにとってなにが重要でなにが雑音なのか──多くの非難は切り口が筋ちがい、でも報告書にもツッコミどころがある、こう考える林知之が、勝手にまとめてみました。
 
というわけで、「老後2千万円赤字問題まとめ」のつづきです。
「いい内容じゃないですか」と肯定した報告書について、ツッコミどころも挙げました。

 

 

1.「平均」が不適切だったのか

 
独り歩きして炎上につながった言葉は、「2千万円の赤字」です。
これは、単なる平均でありながら現実の数字だというところがポイントです。
 
「年金だけでは足りないかもしれませんよ」
「自分の状況をちゃんと計算してみましょう」
こういう提言です。
 
でも、「平均」なんですよね。
 
まず、老後の生活にいくら必要か。
人によって、状況によって、必要な金額もちがえば、使いたい金額もちがうでしょう。
 
数字が独り歩きしてしまった試算例は平均、つまり、ただの「中央値」です。分布状況も示されていません。この点について、不満をもらす向きも少なくないはず。
 
数字を示してハッとさせ、個人個人が積極的に考えるきっかけにしたつもりでしょうが、素直に受け取りにくい表現だったかもしれません。この部分が第一のツッコミどころですが、麻生大臣が上手に補足すればよかったことだと思います。

 

2.前提が異なる

 
「なんだ、ツッコミってそんなもんか」
「ワーキング・グループの回し者かよ」
 
こう思われたら、それこそ誤解なので、報告書をひとつの“まとまった文章”として、ちまたの本、いわゆる単行本と比較してあら探しを試みます。
 
最初にアップした部分の第1項で、次のように述べました。
 
「報告書は建前上、専門家の提言、でも官僚の意図が反映されていると考えるのが妥当」
 
報告書は、金融庁に依頼されて委員が行動した結果です。良しあしの問題ではなく、役所のカラーが出るのが当たり前です。では、役所のカラーとはなにか?
 
役所が出す文書は、必要なことが、もれなく盛り込まれています。論理的なスキはありません。ある意味、とてもクオリティの高いものです。ただし、私たちがふだん、友だちや取引先に「これこれこうで、こうですよ!」と理論と感情の両面で伝えようとするノリはありません。
 
別の角度からいえば、「最後まで読んでもらえる」ことが前提の文章で、淡々と情報が並んでいるのです。
 
それに対して、ちまたの単行本は、わざわざ買った人でも全員が最後まで読むとは限りません。ましてや、例えばセールス用の資料なんて、受け取った人は「めんどくさい」と感じるので、最初の1ページでガツンとくらわせて食いついてもらわないと、2ページ目に進みません。

 

3.“読みもの”としてのクオリティ

 
最後まで読む人は意外と少ない──だから、プロのライターは、「最後まで読む人をどうやって増やすか」という切実な課題を抱えながら文章をつづります。そうして工夫されたものが、ふだん私たちが接している読みものなのです。
 
もちろん、今回の報告書も、読む人に十分な配慮をした内容だと私は思います。2千万円不足と数字を示しながらも、「標準的なモデルが空洞化しつつある以上、唯一の正解は存在しない」といった表現で、誤解が生じないよう努めていると感じます。
 
ただ、世の中で競争している数ある“読みもの”と比べたら、弱い部分は否めません。老後の現実というデリケートな問題を突きつけるためには、もう少し計算高い説明があってもよかったといえます。この点において、麻生大臣の発言、「現場で作業していた人たちがもう少し丁寧にやればよかった」は数割程度、当たっていると思います。
 
麻生大臣には、ほか一連のコメントで、「あなたにケチをつける資格はない」との判定が下りましたけどね。
 
ちなみに、一般の読みものは、競争の中で興味をもってもらうため、タイトルなどの“顔”を工夫します。読む人の“前提”を操作しようと試みます。
 
今回の報告書に、いい感じのタイトルをつけたらどうなったでしょうか?
 
あなたにピッタリの資産運用を見つけよう!
~ステキな老後のために~
 
良案が浮かばないので、もうやめますが、本来は地味な存在の文書が異常なまでに注目されたため、「報告書」というプレーンすぎるタイトルが、ゆがんだツッコミどころを与えただけでなく、無用な不安まで生む結果につながったのかもしれません。

 

4.なんだか短絡的

 
報告書は、「金融の知識をもとう」「自ら考えよう」と提案していますが、「積み立てNISAなどで資産運用をしてみましょう」と具体的な行動まで示しています。「なにをすればいいの?」と固まってしまう人に具体策を提案するのは当然ですが、この部分に至る流れが稚拙な感も否めません。
 
だから、メディアの人間までも素直に読むことができずに紙面で真っ向から批判するなど、炎上騒ぎに拍車をかけたのかもしれません。
 
「土用の丑の日だからウナギ」と言われて素直にウナ重を食べる人も、ストレートにカネの話、シュールな老後のことなので、ちょっと抵抗してみたくなります。
 
国策として、国民の大半が「投資」「資産運用」を正面から考えるよう促しているのですから、「積み立てNISAがありますよ」「iDeCoを利用してください」と売り込むのは当然です。構えることなく、もっとストレートにおトクなポイントをアピールしたほうが自然に読めたと思います。

 

5.なんでこうなるの?

 
金融関係者の多くは、今回の炎上について「ざんねん……」と感じています。「えっ、2千万円?」と自分の利益を考えて行動に移すことが、金融の発展、年金制度の質的向上、経済の発展、結局は国民全員の利益に寄与するとも考えられます。
 
多くの人が考え、正しい知識を得ることで、「今の年金制度はどうなの?」という議論も、積極的になっていくはずです。
 
それなのに、想定外の切り取り報道、選挙を意識した野党の言いがかり、それに乗じたピント外れの政府批判……不毛な政争、くだらない犯人さがしに多くの人が巻き込まれてしまいました。

 

◎いったんまとめ(まだまだつづくよ)

 
今回の炎上は意外な展開でしたが、「穴があるといえばココかな」という点を探してみました。
 
でも、ここまでのところでは「なんとなく理解した」だけかもしれません。
最終的には、自分自身のために、自分が選ぶべき道を決めることが求められます。
 
次回の「第3篇」では、具体的にどう行動するかを掘り下げます。
お楽しみに!
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